広報委員会特別企画「長太郎物語」
7-2.非常識こそ独創に通じる道
【日本人に喜ばれる日本的中国料理】
 あちこちの店をいろいろと食べ歩くうち、「長太郎飯店」の戦略は、しだいに具体化していった。
 まず痛感したことは、北京にしても広東にしても、今さら本場の中国料理の真似をしてみたところで、相手には絶対にかないっこない、という点である。本場の味を追求する店は既に各地にわんさとある。どんなに努力を尽したとしても、今からそれらの味を追い抜くことは不可能に近いだろう。猿真似はナンセンスだ。
 では、「長太郎飯店」にしか出来ない独自の中国料理を目指すとすれば、どんな方向になるだろうか。
◆日本人コックによる創作
女性好みのファミリースタイルが売りものの長太郎飯店にて
女性好みのファミリースタイルが売りものの長太郎飯店にて
 一言でいうと、それは、一部の“通”の中国料理ファンには満足されなくても、ごく普通の平均的日本人、ことに女性や子どもたちにも抵抗なく受け入れられる中国料理、ということになる。となれば、必ずしも中国人の料理長でなければならない、ということはない。日本人コックによる、多くの日本人の口に合い、万人から親しまれる中国料理、ではいけないのか。
 そのことを、或る中国料理通のボスに相談してみた。即座に彼は反対した。「中国人のいない中国料理なんて・・・」と、CMもどきで一笑に付された。
 反対の理由として、それではその店独自の個性が出せない、誰にでも出来て魅力に乏しい、ということだった。
 ただ、“通”を自認する彼であるが故に、逆に気付けなかった盲点が一つある。それは、長太郎が構想したような「一般人向き、特に女性好みのファミリースタイルの中国飯店」となれば、当時は未だ何処にも一店もない、ということである。長太郎の着眼は、実はここにこそあったのだ。
 ラーメンにしても、餃子や春巻にしても、中国発の料理が日本へ嫁入りして、日本人に好まれる調理や味つけにアレンジされ、現代ではもうれっきとした日本的大衆料理の一つとして日本社会に溶け込んでいる。
 明治の初め、カツレツはフランス料理であり、カリード・ライスはインド料理であった。それが日本人の工夫でトンカツ定食やライスカレーとして、日本人の胃にすっかり定着した。日本人は、外国文化を受け入れ、それを自分流にうまく同化してしまう天才的な一面を持っている。
 中国料理だって、もっともっと多くの日本人に親しまれ、喜ばれ、愛される日本的な新しい中国料理に変身、いや創作することは出来ないものか。ふた言目には「素人が・・・」といわれるが、岡目八目式の妙手が打てないはずはない。「長太郎飯店」はそれに賭けてみよう、という考えにだんだん固まっていった。
次号(非常識こそ独創に通じる道~「非常識」に立ちはだかる“常識”)へ続く
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